ヒゲを伸ばしたい





風になびき轟く草原の躍動感が伝わるジャケットデザインの至宝と言える美しさと評価しております。


わたくし、大変にド・堅気な仕事をしております故、
清潔さが最低限の服務でありまして、
毎朝、毎朝、ヒゲを剃るという作業に負われております。

婦女子がこの日記を目にすることはまずないでしょうが、
ヒゲ剃りというものはどのようなものかを一つ説きたいと存じます。

ヒゲ剃りというのは刃物を顔に当てて毛を切断するのでありますから、
実際にはヒゲを刈るだけではなく、
地肌も若干ながら小削ぎとられているものなのであります。

これはカミソリほどではないですが、電気シェーバーも同様であります。

わたくしめと言えば高校生の時分からカミソリ派でして、
既に15年以上は使用しております。

そう聞くと皆さんに置かれましては、
わたくしをさぞヒゲ剃りのベテランと思われているかと存じます。

いえいえいえ、滅相もありません。
そのような事は到底ございません。

わたくしは大変不器用でありまして、
わたくしのヒゲ剃り風景をご覧になられると、
ヒゲを剃るというのは建前で、
皮膚を剥ぎ取って血を流すことを目的にカミソリを当てているのではないかと思われて当然であります。

ヒゲ剃りは入浴時に行います。

油断をして皮膚を切り裂いてしまいますと、
思いがけない量の血が滴ってきます。

そのような時はブライアン・デ・パルマ監督の映画「キャリー」を思い出します。


そして、頭に響くのであります。
「They're All Gonna Laugh at You」


いやはや映画史に残る名シーンであります。



最終回症候群




好きな漫画とかドラマとかアニメとか
その最終回を見ない人、というか見ることができない人って結構多いらしい

僕もそうした輩でして、ゲームとかもラスボスに差し掛かると急にやる気がなくなる。

終わることの喪失感が恐いとかいいますが、まさにそのとおり。
なんだろう、経過が楽しいだけで、ハッピーもバッドもエンドは望んでいないんですね。きっと

映画にもなったミヒャエル・エンデの「ネバーエンディングストーリー」という作品は、ファンタジーの名作です。

同作のストーリーでは、僕らが本を通して見ることができる物語はそのフィクションの世界の歴史の断片であって、その世界では前にも後にも歴史が続いていることを示唆しています。

とはいえ、僕らが知り得る世界は、本という「覗き窓」の役割を果たす媒介から眺められる部分だけで、それ以上は想像力が補って作り出す読み手の千差万別の物語です。

ミヒャエル・エンデが言いたいことは、その持続性を感じる想像力が僕らの能力であって、それを養う必要があるということなんでしょう。

僕にしても、作者が用意した物語の奥行きへの誘導は当然感じて、思いを巡らせることもあります。
ただ、浅はかな僕は、やっぱり見たままが美しいと思うんです。

ズレた話かもしれませんが、僕は卒業式とかも苦手。

それは慣れ親しんだ生活が終わるから…う〜ん。
「親しんだ」はどうでしょう。
それが楽しかろうが、苦痛だろうが、継続性が終わる事に喪失感を感じます。

人はそれを達成感というのかもしれません。
実際に僕は卒業式で涙がこみ上げます。感動をしているのです。

きっと、ゲームも漫画も、映画も最終回を避けるような作品は、きっと見たら泣けるんでしょう。

そのように、最終回を避ける僕ですが、実際には人生の様々な場面で最終回を迎えています。

やはり、喪失感はあるが、至極、平坦な気持ちで乗り越えてきました。

先日も、僕は長らく勤めた部署から異動になりました。
凄く凄く嫌な業務でしたから、達成感がありました。

ただ、やっぱり喪失感も背中合わせにこみ上げてきました。

そんなことをいうと、「なんだ、未練があったのか?」と言われるでしょう。
そこは全身全霊で否定します。
だって、嫌なものは嫌だから。

「水の低きに就くが如し」といいます。
人も水も大きな流れは止められるものではないっていう意味ですが、実際には止められない流れも最下流にいけばそこで流れを止めるでしょう。

それを安定したと表現するかと思いますが、僕は万物は安定を望んでいるのだと思います。

だから、物理的な話だと重力のような何かを集めてひとマトメに固定しようとする力があったり、自然的な話だと遺伝子を滅失しないように温存させようとする本能が動物にも植物にもあったり、人間社会の話だと人は「安定した生活」を好んで安全で不自由のない環境を望みます。

長くなりましたが、最終回を避けるという行動も、この安定という概念で説明できると思います。

僕らは安定した普遍性を望むばかりに、継続の断絶に拒否感と嫌悪感を示すのです。
これは宇宙の法則なのです。

以上のように終わりを示唆することは、人心を揺らがせることなのはわかったかと思います。

だから、感動のツールとしても用いやすいのは言うまでもありません。
Skeeter Davis - The end of the world


Earl Grant - The End(At the end of a rainbow)


二曲とも終わりの歌です。

曲も何故か似てますよね。
メロディーが揺らぐ感じ、専門的になんていうのでしょうかね?

なんか、子守唄とかゆりかご的なイメージがして、懐かしさすら感じさせます。
love me tenderにも似てますが、優しさのメロディーなのかな?

そうなんだな。
終わりは優しく迎えたいのだ。

僕はやがて死ぬことに恐怖は感じてません。
ただ、このように最終回に耐性がないってことは、きっと僕は死を前にするとなんだかんだいって足掻くと思いますね。

1/1