毒虫小僧




毎朝、テレビをつけると何故かBSフジが映るという謎。

あれ?昨晩、BSフジなんてみてたっけ?
そんな疑問を繰り返し感じている。


こうした訳で、最近の目覚めは毎度といって「beポンキッキーズ」から始まる。
それも、7時50分頃だからほぼ終わりかけで…


現在のエンディングテーマ

このヤバめの曲で毎日気分は爽快なんですね。


ところで、最後にキャラクターが全員集合するんですが、見たこと無いヤツがチラホラ。

いつの間に…とは思うが、そんなことは僕がポンキッキに興味を失って久しいだけで、それだけ時が経てば色々変わるさ。ということ。
だって、関心のない僕の為に作られている番組じゃないからね。


そうそう、アンパンマンでもメロンパンナぐらいまでは知ってたが、その後、クリームパンダなる準主役キャラや、ドキンちゃんの色違いみたいなのも出てるらしいですね。


歯を磨きながら眺めていると、思わず目を見張る気になることが…
なにやらガチャピン、ムックとPちゃんの影に違和感のある存在が…


あれ?タラコみたいな形の真っ赤なガチャピンと、ソフトクリームみたいな何かがいるぞ。

UQ WiMAXのCMではピンクのガチャピンと、コバルトブルーのムックが登場している。
ただ、それとは違う。

赤いガチャピンといっても、ガチャピンより山椒魚感が強くて、アデノイド顔貌。
それに、赤と白の紅白ボーダーのいわゆるシマウマ水着を着ている。

そう、こいつら


まるで、日野日出志のキャラクター


調べてみると「ガー」と「ムー」というらしい。

言葉は発せず、それぞれが自分の名前の「ガー」だの「ムー」だの呻くだけ。

今で言うポケモンスタイル

ちなみにオバケのQ太郎のバケラッタもポケモンスタイルに思えるが、実はO次郎という名前だから覚えておいてね。


えっ?つまり
ガーっていうのはガチャピンの子ども?だろうけど

ムーってことは白いのはムックの子ども的なものなの?

実写版はツルツルしてるけど、アニメは確かにムックみたいにモコモコしてるね。


う〜ん。そして、このアニメシリーズちょっとおもしろい。

さて、寝る前にBSフジにセットしておこう。

追伸:
今朝、7時35分くらいに目が冷めて同番組を見ましたが、ガーとムーは普通に日本語で会話してました。



カーボベルデには日本人が1人いて、日本にはカーボベルデ人が5人いるらしい




カーボベルデ共和国のMORNAという音楽は日本の演歌みたいな物。

僕みたいな若輩者に演歌の歌詞の良さは未だ理解できないが、曲については「染みるねぇ。」という感じはわかる。

カーボベルデ共和国はアフリカ大陸からちょこっと西に飛び出した大西洋に浮かぶ島々から成る国。

そこのMORNAという音楽はカーボベルデが元々、ポルトガルの植民地だけあって、同国のファドとかの音楽に影響を受けているとか

なお、ネットの受け売りですが同じカーボベルデでも島によって好みが違うようです。
BATUQUE

まんまアフリカンな曲が好まれる地域もあるとか

このBATUQUEってのはトリニダード・トバゴで発展したSOCAと系統が同じ感じですね。



Mornaで有名なのはセザリア・エヴォラ
Cesaria Evora - Angola

Cesaria Evora - Sangue de Beirona

樹木希林とか草間彌生と同じ種族

MORNAというのは
キューバのSON

SALSA

に大変似ている。

先ほどほざいた
BATUQUEとSOCAが距離は離れても似通っているように、MORNAとSON、SALSAにも同じことが言える。

実際にカーボベルデとブラジルは交易的に繋がってたとネットで知りましたが、音楽の交流があったのか?
それとも、根っこは同じでも違う歩みを重ね収斂進化したのか?

いずれにしても素敵な話だ。

日本の演歌のルーツは講談師というのか、なんなのか、添田唖蝉坊とか川上音二郎がやっていた◯◯節みたいなもので、それは今で言う音楽とは程遠い。

Woody Guthrieっぽい

その後の浪曲等の音楽らしいものに進化したようだけど、雅楽みたいなのとは別の次元の音楽。

だから、浪曲が進化したという演歌には雅楽っぽさはほぼないし、明らかに西洋音楽の影響も色濃く受けている。

色々な要素が混じり合って新たなスタイルができるのは望ましいことである。
上の音楽も大きくひっくるめてラテン音楽だが、その進化には植民地という文化の融合が鍵となったのだろう。

メディアが発展してこれだけ文化が混じり合った今、日本の神楽とか田楽みたいな原始的な音楽が妙な進化を遂げたら面白いだろうにね。



信州は光前寺の早太郎はおるまいな




既に1年近く前になりますが、長野県に行ってきたときの写真です。

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霊犬・早太郎

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この昔ばなしはひょっとしたら聞いたことがあるかと思います。


遠州は見附に現れた悪神は年に一回の見付天神矢奈比売神社の祭りの日に人身御供を求め、差し出された生贄を喰らうことにより鎮まりを見せていた。

旅の僧はこの惨状を知り、悪神の正体を明らかにするべく生贄を見張り、化物がヒヒであることを突き止めた。

僧は、ヒヒ達が口々に「信州は光前寺の早太郎はおるまいな」とつぶやき警戒する様を見て、光前寺に早太郎(遠州では悉平太郎と呼ばれる)を借りるために旅立つ。

その後、なんやかんやあってヒヒを退治するという話です。


早太郎は山犬だといいます。
山犬とはただの野生に帰った家犬ではなく、日本狼のことだと聞きます。

では、ヒヒとは何か?

そもそも、ヒヒとは猿のことです。

日本における猿神はインドのハヌマーン神に由来し、古くは平安時代の日本霊異記にも猿神伝説が記述されているとか。

当然、早太郎が退治した猿神は人間を生贄として求める悪神。

実はこの猿神を退治する話は猿神退治譚と言われ、この類話は多数あると言います。
早太郎伝説の舞台となったのは鎌倉時代ですが、平安時代末期に編纂された今昔物語集には既に美作国での猿神退治譚が記述されています。

この今昔物語でもやはり猿神を退治するのは犬であり、犬は旅の猟師に連れられています。

日本には客(まろうど)神という神格があります。
この客神には七福神に含められる恵比寿、一寸法師のルーツであるという少彦名命とかが挙げられます。

客神とは読んで字のごとく、土着の神ではなく外界からやってくる神で、外界から幸や不幸をもたらす存在でもあるのです。

きっと、そもそもは先進技術をもたらした渡来人を神として祀ったのでしょうかね?

猿神退治譚は、須佐之男命(スサノオノミコト)のヤマタノオロチ退治と共通点があるといいます。

そう考えると、須佐之男命も客神であったのでしょう。

「境界の発生」(講談社学術文庫、赤坂憲雄)は面白かったです。

この本で、琵琶法師や山伏等の漂泊民は差別の対象でありながら、聖性があると認識され、ムラという集団内に境界を超えて侵入することを許されたといいます。

本を読んでいた当時は、ムラの民が琵琶法師ごときにどんな「幸」を期待したのかと思いました。

そんな思いも霊犬・早太郎伝説を考えていく内に理解できるようになりました。

きっと昔の人はヤマタノオロチ退治や猿神退治譚のように…、また、かつての渡来人のように

得体のしれない漂泊民で、例え不幸をもたらす存在かもしれないとしても、一か八か何らか利益をもたらす可能性を期待して迎い入れたのでしょう。

当時の世界は今ほど柔なものではなく、自然は人に厳しく、人心も荒んでいたのでしょう。
そういう自己解決できない恒常的な悩みの解決をダメ元で異人に賭けたのだと思います。

何故なら、今の時代はメディアがめざましく発展しており、世の中のあらゆることを見聞でき、様々なリスクとリターンの認識が共有されています。

これは偏見とか先入観というのかもしれませんが、職業、人種、宗教等の様々なジャンル毎に固有のイメージがあり、それにはリスクとリターンも共だっていることは間違いありません。

みなさんも自分のテリトリー(ムラ)外からやってきた存在(漂泊民)に対しては、様々な固有イメージを重ね、リスクとリターンを分析するものではないでしょうか?

例えば、バックパッカーはフレンドリーな人が多く、色々と逸話を持っている。その一方で貧乏で、社会では堅い生活とは程遠い。
そんな認識が知られ、必然的に本人たちもその認識の上で、アイコン的にファッションを統一し、生き方を先例に倣います。

だからこそ、我々はリターンはあるかもしれないが、リスクが見えている以上、迎え入れるのに消極的になるのです。

ただ、大昔はムラ単位のコア(局所的)なメディアしか存在してなく、各ムラのコアメディアが交わることもほとんどなかったでしょう。

このため、漂泊民が突然現れても、その正体は知れたものではなく、まったくもって得体の知れない存在だったと思います。

特にその認識は、ムラが山奥やローカルであればあるほどに強かったでしょう。


このため、多くの伝承に登場する漂泊民は、差別され警戒されつつも、その能力を試され、これが評価された場合は救世主として祀られたのでしょう。

なお、僕はこの漂泊民の概念について、猿神退治譚においては後に加わった要素ではないかと想像してます。

というのも、これらの猿神退治譚においては「人」を演じるのは「猟師」、「僧」、「侍」と様々なジャンルの漂泊民であり固定的ではないが、「犬」については固定されているから。


日本において「犬」は縄文時代に既に飼われていたといいます。

それも、日本狼を独自に家畜化したのはでなく、すでに家畜化された犬が大陸等から持ち込まれたのではないかと考えられています。
つまり、犬も異界からやってきた訳です。

人間にとって犬とは、番犬をしたり、獣を追い払ったり、狩りに協力する人間の生活を守る存在であります。

だから、猿神退治譚のルーツは、渡来してきた得体の知れない狼に似た獣の「犬」が、猿などの害獣を退治する「幸」をもたらしたという、当時の驚嘆を表す話だったのではないでしょうか。

今の我々からすれば犬が吠えて猿を追い払ったとしても、それがどうしたということですが、大昔の人からしたら、犬が登場して畑を守るために人手を割いて夜番する必要もなくなり、それはそれは大きな利益があったと思います。


ちなみに、早太郎伝説のヒヒは見附村の畑を荒らすの止める代わりに人身御供を求めていたといいます。

幽霊の正体見たり枯れ尾花
といったところでしょうか?

それはそうと、光前寺の本堂の軒廻りというのでしょうか?

そこに居たのは…
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西遊記の孫悟空ではないでしょうか?
緊箍児(きんこじ)がはめられてますよね。

ちなみに斉天大聖孫悟空はインドのハヌマーン神にルーツがあるといいます。
本堂は1851年に建立されたというから、後世の悪ふざけでしょうか?



可変的な頭痛




30歳も過ぎると体質が変わってくるもので、暴飲の反動が確実に現れるようになってきました。

今より10歳も若い頃はたとえ異常な量をペロペロしたとしても、翌朝、若干の胸のムカムカと、手先の痺れが出る程度でした。

それが、ここ最近は頭痛を感じるようになってきましてね。
嗚呼、これが二日酔いなのねと知ったのです。

しかも、ただの頭痛じゃなくて痛みが狭くなったり広くなったり、小さくなったり大きくなったり、散らばったり集まったり可変的なんですね。

それが、何だかモワァっと緩やかで、寒さというより暖かさを感じる心地
もちろん、心地いい訳ではないんですが、それが何か知ってるモノに似てると思えたんです。

そう、何かこんな音楽あるよね…。

あっ!ハワイアンだ。
しかも、エルビス・プレスリーあたりの、ハワイアン・ロックみたいなの。


まさに、こんな不快感。

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