キリストの墓と大石神ピラミッドを真面目に考察




オカルトというか、B級スポット的に有名な青森県新郷村にある「キリストの墓」と「大石神ピラミッド」へ行ってきました。


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キリストの墓です。
※かまいたちの夜を思わせる演出。


もし、今後、あなたが青森県に行き、キリストの墓に立ち寄ることがあるならば…
有料ですが絶対に「キリストの里伝承館」という資料館へ立ち寄ってください。
僕を信じてくださいお願いです…。

資料館の一角にビデオ学習室なるコーナーがあります。
こんな映像資料はよくよく、ありふれたコンテンツですが、実に面白かった。

新郷村に伝わる伝説を映像でわかりやすく解説してくれています。


新郷村に伝わる話のうち有名どこは竹内巨麿(たけのうちきよまろ。昭和初頭の誇大妄想家。オカルト学者?)
が広めた竹内文書に基づく、とんでも歴史によるものです。

ビデオによると、あのイエス・キリストは若かりし頃、シルクロード経由で極東の国・日本を訪れているといいます。

今で言う富山県あたり(2,000年近く前ですからなんていう地名だったんでしょう。)にたどり着き、"尊い人物"から尊い教えを学びます。

その後、イスラエルあたりに戻り、正史とされる新約聖書のとおりの活動を行います。
この顛末は我々も知る通り、ローマ軍に捕まったキリストは十字架に張り付けに遭い殺害されます。(3日後に復活したとかはさておき。)

実はこの死亡譚は事実ではなく、実際に殺害されたのはキリストの弟であるイスキリという人物であったとのこと。

キリストは弟の身代わりのおかげでローマ軍から逃れ、ロシア経由で再度日本を訪れ、現在の新郷村でたどり着きます。


その後、キリストは新郷村に弟・イスキリの「遺体から切り取った耳」と母・マリアの「遺髪」を埋葬したとのことで、これが「十代墓」です。

それに向かい合わせのようにあるのが上の写真の「十来塚」で、これがキリストの墓だということです。

キリストは以降、子孫を残し、天狗になって106歳で亡くなったとか。大大大往生ですね。


それにしても、イスキリって誰ですかね?
突然の新キャラ登場にカムイ伝の「カムイが双子だった。」ばりの衝撃を受け、膝から崩れ落ちてしまいました。

もちろん、「イスキリ」をあのグーグルで検索してみましたよ。
しかしながら、オカルティックなサイトやB級観光スポット特集サイト等が検索結果に並ぶのみ。

ちなみに、同所の立て看板ではイスキリの英語表記は「Isukiri」であるとのこと。
これを検索してみると、なんと!!

なんと!新郷村の情報しか出てこないんですよね。


イスキリの墓「十代墓」ってそもそも、どういう意味でしょうか?
十代で死んだから?

私の説ですが、イエスの使徒にユダという人物がいます。
このユダはキリストを裏切ったあの「イスカリオテのユダ」とは別人で、「タダイ」と呼ばれています。

このタダイですが、出自が不明瞭な人物であり、その一説にイエスの兄弟とも言われています。

イエスの兄弟といえば、前述のとおり「イスキリ」。
イスキリといえば、前述のとおり「十代墓」。
ユダといえば、「Juda」つまり「ジュダ」。
うーん、「ジュダと十代」の発音が似ていることが気になりますね。

気になることといえばもう一つ。

繰り返しますが、キリストの墓は「十来塚」、イスキリの耳とマリアの遺髪が埋められているのが「十代墓」。

「墓」はご存知のとおり遺体を埋める場所。(行方不明者等は必ずしも遺体が伴わないが…。)

「塚」は墓と同じ役割をする一方で、供養(道具塚、首塚)や信仰(晴明塚)の対象のモニュメント的な役割もあったり、単に土の山(貝塚)等の役割にも用いられる。

このことから塚とは墓を含む大きなジャンルにあると解釈することができます。


そう考えると、前者こそ「墓」、後者こそ「塚」が妥当だと思われる、これ如何に…。
いやはや、ミステリーです。


だからといって、これだけで「新郷村はキリストの縁のある地と信じなさい!!」と、言われても信ぴょう性に欠けます。


そこで出てくるのが「川守田英二」。
日ユ同祖論の代表的な学者ですね。

新郷村にはナニャドヤラ節という踊りがあります。どうやら、東北地方に広く存在しているらしいけど…。


この「ナニャドヤラ」について高名な民俗学者・柳田國男は祭りの日に女性が男性を誘う意味の言葉、つまり女性から夜這いを乞う歌?と解釈しています。


このことについて、ビデオでは柳田説を「一説」と説明し、川守田説を通説と表現していました。


川守田の説では、ナニャドヤラにはヘブライ語で、「神を讃えよ。」という意味があるとのことでした。
ということで、これまたキリストに深く関係しているとか。


この他に、キリストの墓は戸来(へらい)地区。
かつては戸来村で、近くには戸来岳があります。

想像つきますか?
もちろん想像つきますよね?

なんと「戸来」は「ヘブライ」から来ているとか。

キリストはヘブライ語ではなく、アラム語を話していたとかいう説があるようですが、その違いを僕は知らないので語ることができません。
よくわからないけど、そういうもんなんですねぇ。

この他に、ダビデの五芒星みたいな家紋の一族がいるとか、子どものおでこに十字の模様をつける風習が残っていたとか色々あるようですよ。

ふぅぅ〜疲れるね。

ただ、キリストの墓には結構な観光客が来ており、外国のクリスチャンと思しき人もいたりしました。
また、墓の前にはエルサレム市から寄贈されたメッセージ入りの石版が置かれていたり。
我々には冗談に思えますが、これを信仰と受け取る方々も居るようです。


キリストの墓の衝撃を引きずったまま、続いてのオカルティックスポット。
「大石神ピラミッド」へ向かいます。

このピラミッドというのも竹内巨麿関係のスポット。

キリストの墓から十和田湖方面に向かい、途中、脇道に入って、さらに途中にある山道に入って進んだところにあります。所要時間は15分ぐらいですか。

林道のような道の途中にあります。

近くに行けば赤い鳥居がありますので目立ちます。
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写真のような3〜5m程の巨石が複数あり、そこには石の名前と由来が書かれた立て看板などがあります。

ああ、これがピラミッド?うん?ピラミッド…。

いいえ、違います。
実はピラミッドの本体はこの巨石に向かって立つと、その丁度真後ろ。

この巨石群はピラミッドの中腹に位置しているだけなのです。

巨石群から林道奥へ車で30秒ぐらい進みます。

右手に小さな木製看板で「石神ピラミッド登口」というのがあります。
間違いなく見逃しますね。

目印はその左側にある赤く縁取られた小さな立て札「ハチ、マムシ、熊に注意」です。

登山時間は15分くらいです。
人が踏み入ったのは久しいのでしょうか、かすかに残った足元の悪い登山道?獣道?を、鬱蒼とした草むらを掻き分けながらを進みます。

そして、頂上にはまたもや巨石がある。

風景.jpg
動画からのキャプチャーを切り貼りしています。

風景は素晴らしい。登山的な絶景ですね。

この巨石を眺めているとこんな考えが浮かびました。

山奥にありながら、なぜ、この巨石が特別に取り扱われたのだろうか。
伝承のでっち上げのためだけに、誰かがわざわざそれっぽいこの岩を探し当てたのだろうか。。

おそらくピラミッドの逸話とは別に、この巨石にも…、いや磐座にも古くから信仰があったのではないでしょうか?

穴.jpg
人工的に掘られたような直径30cm程の穴があり、ちょうど社の柱でも固定していたかの様な大きさです。

秋田県の大湯環状列石がほど近くにあるぐらいですから、もしかしたら古い遺構なのかもしれませんね。

ハチにもマムシにも熊にも出会わず無事下山。
後輩達も程々に楽しんでいたようです。

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