「寒いオッサン」と「悪人に平穏なし」と「ラム酒」の話





おっさんはカッコよくあるべき

学生身分の頃は世の大半のオッサンを観察して
「なんて、時代遅れで、ミーハーな人たちばかりなのだろうか。」
と蔑んでいました。

例えばオッサン代名詞「寒いギャグ」

この寒いギャグを思い返してみてくださいよ。
1.世間で繰り返し言われ続けたネタ …だったり、
2.流行のお笑い芸人のギャグの真似 …だったり、
3.モノマネも誰かのモノマネの真似 …だったりと、
まったくもって独創性のないものじゃないですか。

それに、オッサンが若い人に話しかけるときは
「○○って今、若者の間で流行ってるんだってね。」
と話題を提起します。

その取り上げる流行というのも、ここ最近の現象ではなく、ネットや若い人たちの間では以前から知れ渡っているものが多い。
オッサンがそのことを知り得たのは、ブームも成熟し、TV等の受動的に情報を伝えるメディアが取り上げ、これを興味半分で見ていたからに過ぎません。

つまり、意識的に若い人について行こうなんては思っていないんですね。

その証拠に若い人がオッサンの発言に反応して、「○○のメンバーだったら、だれが好き?」なんて聞いてみるとしましょう。たちまちオッサンは冷や汗をかいて固まってしまいます。

そんなことが、僕は痛々しく感じてました。

僕がまだ『若い人』の側にいた頃はね。

ただ、いまや僕も30歳になり、大人になった自覚こそないけれど、確実にオッサンという棺桶に片足を突っ込んでいます。

先日、従兄弟の子、高校1年生と会話をしたとき、ここで初めて僕自身も若者文化に関心がないことに気づかされました。

その子からは色々と『どこかで見聞きしたワードだけど、それが何かは知らない。』という話題が大量に発信されましたが、いずれも僕を透過していくのです。

聞いているだけで、もうヘトヘト。

せめてと思い。
「世界の終りって流行ってるんでしょ。」
とたずねます。

そう、上で書いた寒いオッサンの話術なんですよ。

しかも、「世界の終り」ではなく「SEKAI NO OWARI」であることが、その時、初めて知りました。

また、つい最近、外仕事中に聞いていたカーラジオで芸能人を中心とした若者の間で「Instagram」なるアプリが流行っていると聞いて驚きました。

少なからず、こうやってアホ程ネットをしているので、「Twitter」や「Facebook」が話題になった当初から、その存在は一般程に知っていました。

調べてみると、結果としてこのインスタグラムは言うほど流行ってはいないようです。

ただ、何故か異様に自分のことを「ニュー・ガジェットについていけない旧世代人間。」、「自分もついにかつて憐れんでいたビデオの録画予約すらできないオッサンに成り下がった。」と思えて落胆したものです。


こうした話から今の自分の立ち位置を推測するに
若い人を1として、寒いオッサンを10とした場合、おそらく6ぐらいに達しているのでしょう。

そのきっかけが、インスタグラムを知らなかったことであり、症状進行を表すのが「世界の終り」を話題としたこと。


話は変わるが、上の動画は映画「悪人に平穏なし」(原題:NO HABRA PAZ PARA LOS MALVADOS 、2011年、スペイン制作)のトレイラー




これがとてもおもしろかった。
なんていうのだろうか、まずはネットの評判を見てほしい。

すごい賛否両論でしょう。

僕も初見はグダグダと中だるみが続くような感じと、ほとんど意味のなさない登場人物に、「退屈な映画」と決めつけておりました。

ところが、ラストで一気に熱があがる展開を見せ、その一連の劇を観終えてて気づきます。

この映画は観客に登場人物の感情を推測させ、作品の質を保管させる作りなのか!!

そう、よくある映画であれば主人公が追い込まれた場合、「ヤバいぞ…ヤバいぞ」と混乱を表現するための一言を発せさせたり

何か作戦を練る時や回想シーン、敵を殺す際にも絶対に何らかのセリフがあります。

ところが、この映画はそんなものはない。

無口で怒りっぽい主人公の、その癇癪で発せられる独り言ぐらいでしか、主人公の感情を探るセリフは見つけられません。

それにもかかわらず、観ているだけで主人公の焦り、安堵、野心が伝わってくるところが、この映画が高等であるといえる証拠。
まぁ、一度観てくださいよ。

ついでにいうと、主人公がしょーもないオッサンだけどカッコいいんだよね。

というわけで、最近、僕はこの主人公が愛するラム・コークを愛飲しています。

ラムっておいちいね。
いやー、なんだかんだいって映画や小説に影響される僕ってミーハーだなぁ。

つまり、オッサン街道まっしぐらってことです。

1/1