キツネだって何かの事情があるんでしょう





最近、うちの近くにまで出没するキツネ。

野生動物の市街地進出は目に余るもので、北海道ではクマなんかが頻繁に話題となっています。

主な原因は山のエサが不作だとかいいますが、それだけではなく明らかに動物たちが自ら市街には「良いもの」があると学習して、意図的に出没しているように思われます。

わが町でも最近、キツネが頻繁に目撃されています。
農業地帯だけではなく、商業地帯や住宅地をもうろついていることがあります。

実際、僕もうちの近隣以外でも数か所において目撃していることから、おそらく複数個体が散り散りに縄張りとしているのだろうと予想しています。

そして、動画のキツネはとても人懐っこい。

最近、僕は運動のため徒歩の出退勤を心掛けており、時には22時頃に帰ることもあります。

先日も22時過ぎに帰宅していた際、暗い田舎道をiPodで音楽を聴きながら歩いていますと、突然、右後ろに気配が…

待ち伏せていたかのように現れたその気配に毛穴がキュッとなり、鳥肌がたちました。

あわてて振り返るとおそらく動画と同じ個体と思われるキツネが僕の1メートルも離れていない距離を伴走していました。

キツネより人間のキティガイの方が恐ろしい。コレ、ホントです。
ホッと胸をなでおろします。

それにしても、そいつは夏毛の痩せキツネとはいえ、尻尾をフリフリ揺らして歩く様はとてもキュートなんです。
ただ、御存じのとおり、キツネはエキノコックスという危険な寄生虫を持っている恐れがあります。

気持ちとしてはエサを与えて可愛がりたいところですが、あまりに人になつくとキツネにとってもいいことはないことは明白です。

「人間の恐ろしさを教えてやらなければならない。」

ダンッ!!っと地面を足で踏みつけてキツネを驚かします。

ところが、肝が据わっているんですね。
ぜんぜん逃げる気配がありません。

そこで、「うわぁお!」と奇声をあげ、追い払うことを試みます。
これが、功を奏しました。

怯えてジグザグに方向定まらずにキツネは逃げ去っていきました。
ふぅ、一仕事終えた。

そして、顔をあげると、そこにはキョトンとした顔でこちらを見る職場の後輩の姿が…。
そう、そこは僕の家からほど近いところにある会社のオンボロ職員住宅。

後輩は夜中にも関わらず、車の(おそらく電装関係の)整備をしていたようです。

しばらく硬直した後に、後輩は「せっ先輩!!お疲れ様です。今日は遅かったんですね。」と言いました。

あーあ、絶対、コイツ、僕の奇声聞いてるよぉ。
まさか、キツネにつままれるとは思いもしなかった。



本場にはかなわんなぁ




今年5月に大阪へいってきた。



バッテラ寿司、肉うどん、お好み焼き、たこ焼き、串カツと庶民の大阪グルメは一通り堪能した。

その中でも衝撃を受けたのが串カツ。

梅田駅の御堂筋口近くにある立ち食い串カツの「松葉」

地元民にも有名な店らしい。(いつも混み合っていて入りづらいという意味で、行ったことないけれど興味があるという意味でも)

実は前日にも、とある有名な串カツ屋で串カツを御相伴にあずかったりしていて、その不完全燃焼なクオリティーにモヤモヤしていたところだった。

そんな状況で出くわしたのがこの店。

見た目は完全に僕の文化圏で言う立ち食い蕎麦屋。
そのユニークさに思わず、好奇心が疼き「串カツはもういいや。」という気持ちが押しのけられてしまった。

そして、この無期待感を裏切る美味さ。

写っているのは若鶏。

この若鶏が品中で最高値の150円、他はだいたい100円。

こちら北海道でも食べることができる串カツと違うのは、衣の細かさ。
ほぼ粉に近いような微細な衣で、油をそこまで吸わず、とてもあっさり。

そして、北海道ではほとんど出番のない、さらさらのウスターソース。

ルールは当然、ソース2度づけ禁止、キャベツは無料。

この店、ネット上では二度揚げしているなどというコメントも散見されるが、僕が訪れた時はそんなことなく、衣つけたて、揚げたてで美味しかった。

まぁ他にも串カツが美味しい店は数多あるのだろう。

ただ、前夜のたった一度の体験で、「串カツは取るに足らないものだ。」という先入観が埋め込まれていたので、これが払しょくできたのは幸運だったと思う。


大阪繋がりで…
僕は織田作之助の「夫婦善哉」が好きだ。
青空文庫にもあるので、買わずとも一度読んでみて欲しい。
青空文庫:夫婦善哉

とても庶民臭い内容で、井戸端会議で人の噂を聞いているような、とても文学作品と思えないところがなんとも言えないが好きなのだ。

主人公は柳吉と蝶子

蝶子の生家は貧しい天麩羅屋で、その後、北新地の売れっ子芸者となる。
そんな、家庭に育った蝶子は、一流料理より、一つ下るような料理を好む柳吉に好感を持つ。

蝶子の生家の一銭天麩羅屋
路地の入り口で牛蒡、蓮根、芋、三ツ葉、蒟蒻、紅生姜、鯣、鰯など一銭天婦羅を揚あげて商っている種吉は借金取の姿が見えると、下向いてにわかに饂飩粉をこねる真似した。近所の小供たちも、「おっさん、はよ牛蒡揚げてんかいナ」と待てしばしがなく、「よっしゃ、今揚げたアるぜ」というものの擂鉢の底をごしごしやるだけで、水洟の落ちたのも気付かなかった。

今でいう串カツみたいなものか。

柳吉が蝶子を連れて行った下手物飲食店。
蝶子は柳吉をしっかりした頼もしい男だと思い、そのように言い触ふらしたが、そのため、その仲は彼女の方からのぼせて行ったといわれてもかえす言葉はないはずだと、人々は取沙汰した。酔癖の浄瑠璃のサワリで泣声をうなる、そのときの柳吉の顔を、人々は正当に判断づけていたのだ。夜店の二銭のドテ焼(豚の皮身を味噌で煮つめたもの)が好きで、ドテ焼さんと渾名がついていたくらいだ。
 柳吉はうまい物に掛けると眼がなくて、「うまいもん屋」へしばしば蝶子を連れて行った。彼にいわせると、北にはうまいもんを食わせる店がなく、うまいもんは何といっても南に限るそうで、それも一流の店は駄目や、汚ないことを言うようだが銭を捨てるだけの話、ほんまにうまいもん食いたかったら、「一ぺん俺の後へ随いて……」行くと、無論一流の店へははいらず、よくて高津の湯豆腐屋、下は夜店のドテ焼、粕饅頭から、戎橋筋そごう横「しる市」のどじょう汁と皮鯨汁、道頓堀相合橋東詰「出雲屋」のまむし、日本橋「たこ梅」のたこ、法善寺境内「正弁丹吾亭」の関東煮、千日前常盤座横「寿司捨」の鉄火巻と鯛の皮の酢味噌、その向い「だるまや」のかやく飯と粕じるなどで、いずれも銭のかからぬいわば下手もの料理ばかりであった。芸者を連れて行くべき店の構えでもなかったから、はじめは蝶子も択よりによってこんな所へと思ったが、「ど、ど、ど、どや、うまいやろが、こ、こ、こ、こんなうまいもんどこイ行ったかて食べられへんぜ」という講釈を聞きながら食うと、なるほどうまかった。
 乱暴に白い足袋を踏ふみつけられて、キャッと声を立てる、それもかえって食慾が出るほどで、そんな下手もの料理の食べ歩きがちょっとした愉しみになった。立て込んだ客の隙間へ腰を割り込んで行くのも、北新地の売れっ妓の沽券に関かかわるほどではなかった。第一、そんな安物ばかり食わせどおしでいるものの、帯、着物、長襦袢から帯じめ、腰下げ、草履までかなり散財してくれていたから、けちくさいといえた義理ではなかった。クリーム、ふけとりなどはどうかと思ったが、これもこっそり愛用した。それに、父親は今なお一銭天婦羅で苦労しているのだ。殿様のおしのびめいたり、しんみり父親の油滲じんだ手を思い出したりして、後に随いて廻っているうちに、だんだんに情緒が出た。
 新世界に二軒、千日前に一軒、道頓堀に中座の向いと、相合橋東詰にそれぞれ一軒ずつある都合五軒の出雲屋の中でまむしのうまいのは相合橋東詰の奴やつや、ご飯にたっぷりしみこませただしの味が「なんしょ、酒しょが良う利いとおる」のをフーフー口とがらせて食べ、仲良く腹がふくれてから、法善寺の「花月」へ春団治の落語を聴きに行くと、ゲラゲラ笑い合って、握合ってる手が汗をかいたりした。

まむしとは、鰻のこと。関東煮とは、おでんのことだね。

僕の日記では何度目の登場だろうか

藤島桓夫/月の法善寺横町

この歌で描く二人は、同じ法善寺を舞台としているが、柳吉と蝶子のようには実らない恋なのだろう。

ただ、数多の映画に登場するカップルが、ロミオとジュリエットに自分たちを重ねつつ恋をするように、この二人も自分たちを夫婦善哉に描かれた理想と重ねたのでしょう。

というわけで、僕ら夫婦も今回の旅では例に倣って法善寺にお参りして、水掛不動さんに手を合わせてきた。

法善寺横丁は、真っ暗な路地、提灯明かりがゆらゆらとうつる濡れた石畳が素敵だった。


そして、閉店ぎりぎりの夫婦善哉を訪れ、汁粉を食してきた。

あとは、桂春団治(初代)の寄席がきけたらよかったね。と思う。

なお、正弁丹吾亭は今なお存続していて、とてもじゃないが、小説に描かれた下手物屋とはほど遠い品のある料亭になっていた。



頭の良い球




アメリケン娯楽の代表格
ピンボール

これが日本流に進化(退化?)したのがスマートボール。

動画は浅草の三松館スマートボール
友人・佐藤と行ってきた。
甲高く鼻づまりな声が僕、低いルードボーイボイスが佐藤

すっかり見なくなったが、稀に温泉地の歓楽街とか、大規模な祭りの縁日で見かけることもある。

スマートボールは歴史的にいうと、パチンコの代用品。

パチンコは戦時中、射幸性が高く国民風俗を乱すとして禁止されていた経緯があるそうな。
その際に娯楽産業でシェアを伸ばしたのがスマートボール。

ということは、その昔はパチンコの三店方式みたいに換金できたのでしょうか?

「完結値段の風俗史」(朝日新聞社)によると昭和24年のパチンコ貸し球料金は2円に設定されていたとのこと。
同じ本で昭和24年の焼き鳥1本の値段が50円であることから、今の金額にして焼き鳥100円と想定すると、貸し玉料金は4円である。
つまり物価スライドを考えると換金率は変わっていないことがわかる。

ただ、今の時代の電動打ちのパチンコ台は、その当時の手打ちでパチンパチン飛ばしていた台と比べ、球の消費量に雲泥の差がある。
つまり、今の方がより多額のお金のやり取りが生じているということ。

それだからこそ、現状しかしらない僕にすると、古い本や漫画で受ける「お父さんの気軽な遊び」の印象と乖離が生じるわけだ。

そして、話は戻ってスマートボール。
上の動画を見てもらいたい。

500円玉大のガラス玉をレバーで弾いて、台の途中の穴に落とすことを目的としている。
穴には数字が書かれていて、穴に落ちるとその数字だけ球が補充される。
ピンボールと違い、下に羽はなく、一個の球を死守することを目的としたゲームではない。

そして、補充された球は、台の上部から雪崩れ込み台のガラス蓋に貯まっていく。

それだけでも想像できるが、スマートボールというゲームは、構造上、パチンコのように容易にドル箱に移動したりするような工夫が施されていない。

また、球の大きさ的にも積み重ねておくことができる球量にも限度がある。

だからこそ、疑問なのだが、このゲームが換金可能だとしたら、当時の換金レートは如何ほどだったのだろうか。

パチンコは射幸性が高いと禁止されるわけだから、絶対的に球量が少ないスマートボールは当時のパチンコと同様の2円のレートとしても、まだマシだったと思われる。

2円×100球=200円=昭和24年焼き鳥50円×4本=現在の焼き鳥4本=400円
※15点の穴に7回入れば105球。

おそらく普通の人でも調子がよければ400球は行けるはず。
と考えると、それでも1,600円なので、稼ぎとしてはイマイチなんだろうな。

最後に付け加える。
簡単に勝利するのであればギャンブルではない。

スマートボールは一見、簡単そうに見えるが、実際にさほど難しくなく、少しコツを覚えれば球が穴に入るようになる。

ただ、パチンコ同様にレバーのバネが疲労してくるのがミソ。
そうすると、同じように弾いても飛ぶ距離がかわってくるので
常に機微を察して微調整を繰り返さないといけないゲームなんだな。

なお、三松館スマートボールでは景品がもらえるが
もらえるのはラムネ。驚くほどショボいけど楽しいぞ。



これのオリジナルか!!





SEXUAL HEALING / MarvinGaye

バックの曲がいいっすねぇ

なんか懐かしいような…
と思ったら

佐東由梨 / ロンリー・ガール

これの元ネタなんだね。

そしてどうやらこのロンリー・ガールは加藤ミリヤとかECDみたいな、そっち系にカバーされてるようです。

確かに「ロンリーガー」というコーラスは汎用性あるよなぁ。

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