ただの日記




今日は、早起きしてバスで通勤した。



昔っから時間とか天気には無頓着なもんで

とりあえず、まだバスは来ていないのだろうということだけはわかる。


それに、今、マイナス何度あるのかなんてわからないけど

鼻を通る冷気が肺まで冷え冷えしているので、きっととても寒いのだろうとわかる。

でも、そんなもん冬が始まって二ヶ月もするとマヒして正確なものじゃないけどね。


立っているだけで寒い。

これは当然のことで、少しは動けばいいものを、背中を丸くして固まったままの姿勢でまったく動けない。


いや、正確にはアゴは活発に動いている。

チューイングガムをかじるアゴが寒さで必要以上に小刻みに動いている。

それだけ寒いということだ。


それなのに、バスはまだこない。

時間に無頓着でもさすがに時計が気になる。


ポケットから携帯を取り出し、開くと「アラームの鳴動時間が過ぎました。」という目覚まし機能の画面が見える。

「起動したはいいものの、止められもせず、ついには持ち主を起こすという大切な任務を諦めた」という数十分のやり取りの痕跡が見て取れた。

持ち主はきっと相当ずぼらか、寝起きの悪い人間なんだろう。


バスが来る予定時間を5分過ぎていた。

ジャンバーの中綿まで冷や冷やしてきた。

それだけ寒いということだ。


鼻の奥でジュクジュクと鼻水が分泌される感覚がわかる。

でも、こんな日は冷気ですぐに乾くので垂れてくることはない。

干上がって固形分が汚らしいあれになる前に、鼻をかむ。


やっとバスが来た。

バスの中は暖かかった。

朝焼けもきれいだった。

夕焼けがリボンナポリンだとしたら、朝焼けはファイブミニ。

この譬え言い得て妙だとおもうけどな。


今日も一日が始まる。

楽しいかつまらないかは自分しだいだからな。

そうだな今日はつまらなくてもいいかな。


他の乗客が乗ってきた。

顔も髪型も森進一そっくり。

でも、なんで上は背広なのに、下は作業着なんだろうか。


今日も一日が始まった。



私はTOKIO




今日も懲りずに温泉へ

やっぱり、入浴後のソフトクリームは美味しかったです。


突然ですが、久々の「勝手にベストトーキング賞」受賞者です。

受賞者は30代後半の見知らぬ女性


それは、風呂上りに休憩室でのこと

ママ友グループと思われる30代後半の女性4人が、湯上りの体を休め、くつろいでいたんです。

なんとなく、その雑談に耳を傾けていると(盗み聞きをしていると)

でました。

女性の会話の3大トピック「恋愛」「悪口」「ジャニーズ」

の「ジャニーズ」ですよ。


休憩所のテレビで流れていたSMAPのCMをきっかけに、誰が好きだの、誰々主演のドラマが面白いだの盛り上がっていました。


その一連の会話の序盤

「昔、V6が好きだったな」という女性Aの発言。

この若かれし頃を振り返った発言に対して飛び出してきた女性Bの

「えぇ〜私は嵐。」

Bは嵐ファンで、先日札幌でおこなわれたライブにもいけたらいきたかったそうなんです。


Aの思い出話に対して、現在の自分の認識を伝えるというズレたBのレスポンス

このどうでもいい会話に、もの静かそうな女性Cがボソッとつぶやいた一言。

「なんか昔、そんな曲なかったけ?」

だれも、その発言に触れていませんでしたが…

何か違和感が感じられ、しばし、考えてピンときました。


『私は嵐』

そう!それはSHOWーYAの曲だ!



会話を単語単位で分析できる頭脳を持ち、且つJ−POPに精通し、その脳内アーカイブから即座に曲名を索引できる能力を持っている。

その上、人とは違った視点を持っているみたいで、女性Cのその豊かな認識に僕は嫉妬してしまいました。

その高等会話
「なんか、そんな曲なかったけ?」に「勝手にベストトーキング賞」を送りたいと思います。

SHOW−YAってブロンディみたいですよね。



裏は裏と書くから裏なんです。




はがきの裏ってどちらのことかわかりますか?


正解は、文章を書く方なんです。

ややこしい言い方をすると、宛名を書かない方です。


不思議なもんです。

適当なサイズの紙に切手を貼ればそっちが表になり、さらピンの方が裏になるんですよ。

レッテルを貼るなんていいますが、両面が存在するモノのどちらかを表と決め付けるから、反対が裏になってしまうわけなんです。


そういう意味で、なぎら健壱は犠牲者です。


日本一売れたシングルって知ってますか?

正解は、なぎら健壱の名曲「いっぽんでもにんじん:なんです。


知らなかったでしょ。

だって、一般的にはA面の子門真人「およげたいやきくん」が有名だから…

つまりはB面、ヒット曲「およげたいやきくん」の裏だったんです。


でも、僕は「いっぽんでもにんじん」の方が断然好きです。

なんせ、4粒でもゴマ塩ですよ。

あんな明るいように見せかけた暗い歌より、こっちの方がA面でいいじゃない。

それにしても、小さな頃から気になってたんですが、ゴマはしっかり4粒いますが、塩はどうしたんでしょう。

4粒でも黒ゴマじゃ意味がないんだがね。


あと、合いの手っていうか掛け声っていうか数字を読み上げる声って

たぶんガチャピンですよね。

そんなわけで床に入ります。



もう飽きたんだな。




おーいでみなさん聞いとくれ



僕には情熱がないので、ハマることもないし、うまくいかなくて悶々とすることもありません。

そんなもんで、僕にとっての不安は変化が滞ること、常にこの空っぽの心へ新しい風が流れ込んでいないと不安なんです。

とはいえ、情熱を蔑んではいません。
むしろ、尊敬しています。

たとえば料理人を僕は尊敬します。

中華の道に進んだら、一生、ラーメンやら天津飯やら酢豚やらチンジャオロースーやらを作り続ける。

僕にはできた芸当じゃない。
だって変化が欲しいじゃないですか。

僕だったらきっと、中華屋のくせに「ハンバーグ(カリビアン風)はじめました。」なんてやっちゃいます。

靴屋だってそう。
僕なら乾物も一緒に売っちゃいます。
もしかしたら空きスペースでアザラシ飼って動物園開いちゃうかもしれません。

でも、僕だって我慢の二文字を知ってますし、その辺の根性はそこいらの芋がらよりかはしっかりしたもんでしょう。

だから、今の人生を簡単に投げはしないですし、無計画には動きません。

ただ、やっぱり僕が蕎麦屋の店主ならきっとピザ作って食べさせちゃうんだろうなぁ。

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